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【7月号】おさなごこち(幼心地) その3:サバンナ ![]()
どうぶつえんにいくと、そうしょくどうぶつのシマウマ、
にくしょくどうぶつのライオンやハイエナなどがいます。
これらのどうぶつは、アフリカのサバンナ(そうげん)で、
やせいどうぶつとして すんでいましたが、
とらえられて どうぶつえんに つれてこられてからは、
べつべつの おりにはいっていて
おたがい かおをあわすことは ありません。
えさには ふじゆうしませんが、おりのなかで いっしょう くらします。
しかし、アフリカのサバンナで いっしょにくらしているときには、
いつも こんなことが おこります。
ライオンが シマウマのおやこのどちらかを つかまえて
たべようと ねらっています。
シマウマの おやこのうち、
シマウマのこどもは ちいさくて あしがおそく、
おやから すこしはなれたので、
ライオンは こどものほうを ねらうことにしました。
そして、こどもの うしろのほうに
きづかれないように まわりこんで、
そこから きゅうに はしりだして おそいかかろうとしました。
すると、シマウマのおやが それにすぐにきづいて、
こどもを たすけるために、
こどもと ライオンのあいだに わけはいるように はしりだしました。
そうです。おやが おとりとなり こどもを たすけようとしたのです。
はじめから みがわりになろうと したのではありません。
こどもを たすけて じぶんもにげて たすかろうとしました。
しかし、ライオンは、こんどは おやシマウマを ねらって おいかけ、
ついに つかまえて そのくびに かみつき しとめました。
こシマウマは いのちびろいを しましたが、
ライオンのかぞくは、おやシマウマを たべます。
そして、ライオンが たべのこした おやシマウマのにくは、
ライオンが たちさったあと、ハイエナが もらいうけて たべました。
みなさんは、この サバンナで おこったことを どうおもいますか。
シマウマのおやこが かわいそうと おもいますか。
ぎせいになった おやシマウマは ばかなことをしたと おもいますか。
ライオンは わるくて ざんこくだと おもいますか。
ハイエナは ずるいと おもいますか。
いろんなかんがえが あります。
しかし、これが どうぶつの せかいの げんじつであり、
どうぶつの せかいで にちじょうてきに おこることに、
にんげんの はんだんで
よいことと わるいことの くべつをすることが できるのでしょうか。
どうぶつを ころして たべるほうほうの ちがいは ありますが、
にんげんのほうが ライオンよりも ざんこくでは ありませんか。
とらえられて どうぶつえんの おりにいれられ、
えさを あたえることを ほごしたとする
にんげんの かんがえかたこそが ざんこくでは ありませんか。
いちど かんがえて みてください。
さて、にんげんも ふくめて どうぶつの せかいは、
サバンナでの くらしのように、これまでずっと
このようにして いきてきたのです。
せいめいを いじするほんのうによって いきてきたのです。
ほんのうというのは、うまれたときから そなわっている
こころといっても よいでしょう。
そのほんのうが わるいことであり、まちがったものであれば、
じんるいも どうぶつも とっくに ほろびて いたはずです。
それよりも、この サバンナでのできごとで
まなばなければ ならないのは、おやシマウマの こうどうです。
シマウマには、にんげんのように、
こどもを たすけなければ ならないというような
りくつによる どうとくかんが あるとは おもいません。
むいしきに、とっさの はんだんで こどもを かばったのです。
これは、まさに ほんのうであり、りせいとか りくつではありません。
どうぶつは じぶんの いのちと からだを まもろうとします。
これを じこほぞんの ほんのうといいます。
そして、さらに、そのいのちと からだを なげだしてでも
こどもを まもろうとするのも ほんのうです。
これを しゅぞくほぞんの ほんのうと いいます。
これは どうぶつの ほんのうですから、
シマウマだけでなく、にんげんにも そなわっています。
そして、じこほぞんの ほんのうよりも
しゅぞくほぞんの ほんのうのほうが つよい ほんのうなのです。
ですから、おやシマウマは、よりつよい ほんのうによって
こどもをたすけたのです。
そして、たすけられた こシマウマが おおきくなって、
じぶんの こどもを そだてるようになり、
おなじようなことが おこれば、また おなじように こどもを かばうのです。
あなたも おおきくなったら、おなじことをします。
じゅんおくりですね。
じぶんのいのちと からだが たいせつなことは あたりまえですが、
ほんとうに べんきょうしてほしいのは、
そのいのちと からだを ささげてでも
まもらなければ ならないものが あるのかどうか、
それはなんなのか、ということを みつけることです。
それが みつけられれば、
ほんのうが つよくなって いきることの ゆうきが わいてきます。
へいせい22ねん6がつ3かしるす
みなみで きくぢ
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